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J-POPっていうもの

K-POPっていうものを国をあげて宣伝していたのも、もう遠い昔に思えますが、既に影もなく一部のグループが残っているだけなのでしょうか。私の周りでは子供が曲に合わせて踊っているのを見たことがありますが、楽曲に対するコメント(感想)を聞いたことがありません。韓国産に限らず、それがある意味正常な状態なのではないかと思いますが、その国固有の音楽ではないので、特に外に向かって宣伝しなくても良いようにおもいました。国の文化的背景や伝統的な奏法など、なにも背景に感じられないので、ミュージシャンとしては面白みに欠ける、音楽離れに拍車をかけるメディア展開であったような気がします。 そもそも、J-POPでさえ、そんなジャンルや分類があるとは思えませんでしたが、結局昔のフォークソングやニューミュージックなどの派生でJ-Rock? なんて言えないので、演歌や洋楽と区別したかっただけなんだと思いますが、そう言った日本国内の分類に韓国曲を同列で考えるのがおかしい気がします。洋楽ではないのでしょうが、K-POPとは国内での呼称にしておけば押しつけっぽくならなかったのではなどと思いますが、既にこのジャンルの考え方が、先の国内用の分類でしかないですから、いかに日本国内に韓国を広めようとする勢力が多くなったのかがうかがい知れます。 音楽としての文化程度が下がらないように気を付けないと何もない国になってしまいそうです。などと憂いてももう遅いのかもしれませんが。

外国人

国内で普通に生活していると、外人さんってあまり見かけなかったのだけれど、いまは結構生活の中にいたりする。 職場にもお昼を買いに行くコンビニにも、ホームセンターのレジなんかにも結構いるようになった。帰化しているかどうかは分からないから、外人さんなんて呼び方はもしかすると「差別」になってしまうかもしれないけれど、実際のところ、自分にとっては外の人でしかない。受け入れられない人たちなのだ。 鎖国をしていたころの人たちの感覚はわからなくないのが、島国根性なんていわれてしまう所以なのだけれど、それでもなるべく平穏で安泰な方がいい。別に生活は安泰じゃなくて苦しいのだけれど、今以上に考えなければならないのは面倒くさい。 大体国内でも宗教的な問題では結構神経を使う場面があるのに、これに異文化のイスラム教などよく理解していない人種とかかわっていくのは大変すぎ。 仕事もろくに覚えられないのに、これ以上何かを広げるのって負担でしかない。 経済発展などの支店は持ち合わせていないけど、まずはいらない通貨スワップとか、感謝されない援助を辞めていけばいいのではないかなと、思う今日この頃でした。

子供の記録

最近、と言うか結構前からですが、子供の写真をネットに上げられなくなってしまいました。赤ちゃんならいいのでしょうが、学校に上がるといろいろ言われそうなので。 子供が生まれたころは、きっと5歳くらいになったら憎たらしくなるんだろうな、と思っていたら、何だかいつまでも可愛くて、男の子なのに困ったものです。でも可愛いです・・・7歳ですが。 双子であることは結構メンドクサイことが多く、不経済ではあるので不満もありますが、最近やっと双子であるメリットも出てきたので、まぁその辺の辛かった日々は思い出にしてしまおうかと。 二卵性ではありますが、兄弟なので当然他人よりは似ています。「よく見分けが付きますね」なんていうのは一卵性の双子に限った話ですから、そう声をかけてくれるのは、ある意味違う種族・・・うちがサル系の顔なら、馬系とか鳥系とか魚系とか種が違う系統の顔立ちなんだと思います。個性的な・・・実際そうなんですが。 ・・う。 サルは飼ったことあるんですが、犬は飼ったことが無いので、ほぼ犬の顔は区別できませんが、サルなら犬や猫を飼っている人より区別できそうに思います。差別じゃないですが、人種でも同じことが言えるのではないでしょうか。黒人でも白人でもいろいろな人種に友達がたくさんいたら区別できますが、いない人には難しそうです。 区別がつきにくいのはその周りに同種の人がいない、少ないと言う事は察せられます。トモダチガスクナイ  っていう感じなんでしょうか。私も多い方ではありませんが、ゆかいな仲間たちは結構いたりします。

在日韓国人差別か、政治的信条か…婚約破棄めぐる訴訟の行方は

なぜ差別という言葉を使いたがるのだろうか。 婚約が破棄されれば悲しいのかもしれないし、その理由が人種差別だとしたら後になって腹立たしくもあったのだろう。正当な理由にならないのだろうか、在日韓国人の子孫というのは。 分かってから婚約したのならまずい気もするが、差別と区別は違う気がする。 また、政治信条というより将来の保身なのではないだろうか? 差別を自分がしたくは無くても、いずれ発覚したであろうが、わかってしまえば、それを隠し通せるものだろうか?今のところ、一般的には強制徴収だか不当につれて来られた韓国人はそう多くは無いように思える。この祖父である方が密航により不当に在日として居続けたのでなくても、区別がつかないのではないだろうか。 在日の人たちがみな悪者であるわけはないが、韓流などというものは結局何もなかったわけで、K-POP同様、J-POPというのも実はマネでしかないように思えるが、それはそれとして、そんな程度のつながり、信頼関係しかないのだから結婚していたら多分大変なことになっていたと思う。 お互いのために良い選択であったという結果だけは明確だが、名誉棄損なのか損害賠償だけは何か「お国柄」として納得してしまう私は偏見の塊なのであろうか。 韓国人は決して嫌いではなかったのに知れば知るほど係り会いたくないと思う最近であった。差別する気はないが民族によってずいぶん違うものだとは思わざるを得ない。

飼育するということ

あまり動物を飼うのは得意ではないのですが、なぜか飼い続けています。 動物が飼えないマンションなので、犬猫はむりですが、熱帯魚、ザリガニ、カブトムシなど。 子供が好きで飼い始めるのですが、狭いところに押し込めているのがかわいそうで自然に帰してあげたいと思います。 生き物は大抵人より寿命が短いので「死ぬ」ということにいつか直面します。買い換えてしまうことが気にならないようでは、なんだか意味がなかったようにも思いますし、かと言って、精肉業で働くようになるなら、そんなことも言ってはいられないのですが。 なかなか子供を育てるのは難しいと思います。結局は見たり聞いたりして、どう感じたかで形成されることが多いのでしょうから、教えるなんておこがましいとしか思えません。 勝手に育つのでしょうが、最低のルールは教える必要があるでしょう。 人に迷惑をかけない ますます、あぶないでしょー とは叱っても 迷惑でしょ としかる親を見ることはほとんどありません。 これって 若い親なんじゃなくて 団塊の世代のことなんですが。 団塊の世代の子供が自己中心的、というか「そんなことより自分のこと」教育の賜物なんだとおもいます。 損しちゃった、とか そんなのずるいよ  とか言ってるのはもうそれです。 普通の大人は、特に男の人はいわないです。

ヌマエビのこと

動物なんかは死んでしまうと悲しいので犬等なかなか買う気になれないのですが、お魚も同じで死んでしまうのは悲しいです。が、犬やサルに比べると個体差がわかりにくい。実際には体の柄とかで区別は付きますが、呼んだら近寄ってくるとかはないです。 犬や猫はあるでしょ。魚はいつまでも逃げ回りますから、信頼関係ができない分感情移入は少ないです。また、死んでしまうのが悲しいけれど、子供を産んで増えたりすればそれはそれでよしとは考えられます。 ミナミヌマエビが抱卵して増えるようになるまでは苦労しましたが、もともと寿命が短いので天寿を全うしてお亡くなりになる分には悲しんではいけないなと思うようにしています。 増え始めたら結構いい加減にしていても 耐性が付いてくるというのか、丈夫になった気がします。それでも水が悪くなると全滅するかの勢いでパタパタとお亡くなりになります。 基本的にはコリドラス用のエサをあげているのですが、他の水槽でオトシンクルスを飼っていることもあり、キャット(ナマズ)系のを上げてみましたが、数日後に水質が悪くなり、臭くなってしまい、たくさんお亡くなりになりました。 水が汚い状態では・・腐った状態からは復帰することもないので、なるべく水質を変えないように水を入れ替えて・・・なんていうことはできるはずもなくどんどん替えてしまいましたが結構何とかなりました。以前は水替えで全滅な感じだったのがウソのようです。 そんなわけで、増えることができれば多少死んでも飼うのは大丈夫。なので、ヤマトヌマエビよりミナミヌマエビ、オトシククルスより、プラティを飼うことの方が抵抗がありません。

国旗掲揚と国歌斉唱

自分が学生だった頃は、学校行事では何かと君が代斉唱であったけれど、なんとも厳粛な気持ちで(意味はほとんどわかってなかったけれど)日本国民であると意識する瞬間だったと思う。 なぜか学校教育で国旗掲揚と国歌斉唱を強制としない、という話題が出ていたりする。国旗掲揚と国歌斉唱が不可だと言っているのではなく、あくまでも強制ではないというだけのことなのに、なぜか、非常に日本国民であることを拒否しようとする、日本人であることを意識させないようにする力が働いているかの様に感じられる。そのことには民主党時代にみんな気が付いてしまったのに、まだ、こんなことを論議しているのかと思うと、なんだかなぁーとも思えるのでした。 選挙にいかないと組織票を持っている、あんな政党やこんな政党が議席を増やしそうで嫌だったんですが、じゃーどこに投票すればいいんだー状態でやっぱりいかなかったし、そういう人がおおかったんだろうなと思いつつ他人事にしてしまった反省が少し頭をよぎるのでした。