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うざいということば

うざいという言葉は大人は使わない。 今使っている子供(20歳を過ぎた大きな子供含む)がいつか大人になっても、まだつかっているのかもしれないですが。似たように若者しか使わなかった言葉に「ださい」がありますが、これは普通に定着してしまった感があります。 いろいろ調べてみると サボタージュからサボる。ダブる。などカタカナが混ざったような和制の「何か」がいろいろあったりします。 「ださい」は発生や語源を「惰性」に求める説がありますが、40年近く前に運用?していた頃、埼玉県民が必死に「だっちば」と言っては千葉県民もださい仲間にしようとしていましたが、根付かなかったことを考えると起源的には、やはり埼玉県民に対する表現なように思います。 ださいはやっぱり、なんだか大人でもパステルカラーなちょっと腑抜けで優しい感じの埼玉県民にぴったりな形容詞なんじゃないでしょうか。 埼玉を走る電車に乗るといつも思うのです、大人の男の人でも結構明るい色を着てるなと。昔で言うところのニューファミリーとでもいうのでしょうか。男の人でも力強さはないです。そこが「ださい」ところである意味憎めない部分でもあります。 なので私は「ださい」を使うときは、単にかっこ悪いという意味合いでは使っていないのですが、全体としては全くよくない意味にしか使われなくなってしまったように思います。 それに比べると、千葉県民のカラーは渋いというか地味で、グレーやワインレッド(というと聞こえがいいが)いわゆるジジババくさい色が似あう県、道行く人もそんなカラーが多いように思います。最近はしらないけど。 まあ、どちらにも結構住んでいましたが、いい街です。大宮も習志野も。 (そんだけで県全体を語るなっ と聞こえてきそうです) で、うざいですが、鬱陶しいとかの意味に近いのかもしれないけれど、目障りと言った意味合いなら うらやましいにも近くなってくる。実際子供たちが使っているのを聞くと30歳くらいになっても「あいつ、うぜー」のあいつを見てみるときれいな女の子を連れて歩いていたり、ある意味自慢している風であったりする人に対して使っているから、あまり「うざい」をつかっていると嫉妬深い感じに思われちゃうのではないでしょうか。などどまたまた心配したり。 言葉ってよく考えて使わないと、意味がどんどん変わってしま

ダイエットなど

ダイエットをしなければならない体型なわけですが、すぐに忘れてしまいます。結婚していなかったりすると、そのことをきっかけや目標として痩せようなんて思えるんでしょうが、何か今更感もありすぐに忘れてしまいます。 少し前に酵素のダイエットをしようと、お嬢様酵素というのを2本買いました。ここでレビューする気もありませんが、1日目は酵素だけで断食状態になるので、3kg体重が落ちていました。これはお休みの日じゃないと実行できません。その後残りを説明書通りに飲みましたが、変化は有りませんでした。特に効果が無いと言うつもりはありませんが、飲むだけでは痩せられないと思います。 基本的には苦痛になるのが一番いけないのだと思いました。炭水化物を抜くと「頭が回らずやる気がなくなる」という話をしたら、「それは気のせい」と簡単に片付けられてしまったことがありますが、実際やる気になりません。というか仕事に支障が出ました。 どうやって自分にやる気を出させて継続させるかが成功への道な気がしています。 これはおそらく、勉強なんかも同じように思えます。 苦痛なだけだと続かないですね。少なくても自分はそうでした。楽器の練習なんかだと、「このフレーズができるようになりたい」と思えば筋トレのようなハードな練習も(部分的には)するでしょうが、いまから楽譜を初見で読めるように勉強するのは正直面倒臭いです。自分のパートが読めてればいいじゃんとなってしまいます。 アレンジャーになるならもっと知らないといけないんでしょうが、その願望が無いので。 だからダイエットもその後の、何か楽しいこととセットでやっていかないと、しかもちょっと自分にご褒美をなんて生易しいものじゃなくて、がっつりお金をかける幸せが目に浮かぶような「快」がないと駄目なのかもしれません。 以前は煙草を吸っていたりしたんですが、喫煙が体に良くないことは誰でも知っていますが、なかなかやめられません。煙草を止めて太ってしまい高血圧や糖尿になっても不健康には変わりがないですが、太ると動くのが面倒臭くなるので、痩せてた方がいいです・・・・。