忙しいと言う事

何の本で読んだのだったか、忙しいとは立身偏(心)を亡くすと書くので「心をなくす状態」処理量の多い事もあるが、精神的に余裕のない様を表していると聞いた事がありました。またその注釈に、いそがしいを連呼する者は実は大して重要なポストにおらず、単に心が狭いだけという内容の事も書かれていたと思います。

それを始めて読んだときには、たとえば同じ100mを走っても大変だったと思うものがいたり、同じ仕事でも簡単にこなせる者がいたりという、個々の能力に対して寛容であるかどうかの尺度の事なのかと思っていました。

実際には、(おそらく)責任ある判断すべき人物の口から忙しい(だからこれ以上の仕事はできない、もしくは聞けない、情報を入れるな、聞きたくない)のような流れになってしまっては正確に判断できる情報が入ってこなくなってしまい、自分の首を絞めることになってしまうのではないかな、と感じるようになりました。

これは、自分が情報を連絡もしくは報告してもらう立場になるまでなかなか感じられなかったことですが、立場が変わらないと仮想、架空なものでは考えが及ばないと言うのか、答えがぜんぜん違ってきてしまうと思えるものでした。

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