質と品質

質が良いのと品質が良いのは、普段の会話では同じように使われてしまいますがこれは、「安い」ことが他と比べて安いのか、単に低価格なのかで違うように意味が違うはずです。

品質管理的には質の標準化、ぶれの少ないものが品質の高いものと表現されます。

前回購入したものと今回であまりに違っていては信用は生まれません。またチェーン展開していればどこで買ったものでも同じ質(味)だったりする必要がありその企業なり、商品のロイヤリティーを上げる事ができそうです。

年をとってくるとだんだんに「そんな理屈っぽく言わなくても伝わればいいのよ」「ようは、いいものなんでしょ」なんて言ってくるおばさんがいますが困り者です。

たとえば、蛍光灯が2000時間の寿命で使用できるとします。たまたま5000時間使えたとして、それは都合はいいのですが品質としては決して良いものではなく2000時間に近いほど(そういった商品が多いほど)品質が高い商品と言えます。

わかればいい、通じればいいというのはおばさんの特許のように思っていましたが、実は若者の中にあるスラングや短縮会話の中にも危険なものがある様に思えています。

言葉は文化なので、使っている人により時代によって代わってきてしまうでしょうし、それでいいのかもしれません。ただ、単にいい加減だったり「音」の響きがいいだけで使っているのはちょっと違う気がします。

鬼のように〇〇は昔の言葉ですが、「激うま」に似た表現するのに「鬼うま」というのがありましたが、本来鬼は忌み嫌うものの象徴なので「鬼熱」などのように否定的な度合いが強い場合に使う言葉なので、意味を根本から履き違えて、ちょっとおばかな表現に聞こえてしまう私はなんなんでしょうか。

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